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一年前のあの日

去年の12月14日(水)だったか?私は深夜に

脳梗塞になって起きたら左半身麻痺に・・・

(ノД`)・゜・。

(当時の私はまだ脳梗塞とは判っていない)嫁に

深夜に救急車を呼んで貰い・・・あれよあれよと

緊急入院して・・・・絶望の中(コロナで病院内の

隔離規制が厳しかったので)一人ぼっちの正月でしたね。

一縷の望みを信じて懸命にリハビリに励み・・・・

そうそう、ゴールデンタイムの二週間が過ぎ、歩行練習

し始めた頃、夜明け前の早朝5時半に病室を抜け出し

休憩スペースの自販機のコーヒー飲みながら・・・・

ガラス越しのクソ寒そうな地元を、まるで死人と言うか・・

第三者視点っぽく、ゆっくり眺めながら

「俺はこんな身体になって、あんな寒くて厳しい現実生活に

戻れるんだろうか?」っと心細くなったのを思い出した。

(*´σー`)エヘヘ

あの頃は、まだ(今日のような回復をするとは思えなかったので)

本当に不安と絶望が入り混じった心細さで一杯でした。

さて・・・・一年経って・・・見事に出来過ぎなくらいの回復で

当時の自分に「心配すんなって!まだまだ動けるし諦めるな」っと

励ませられると思う。

まぁ・・・・言っちゃえば、今回の脳梗塞と言う大病は全てを

スポイルされマイナス要素しか無いんだけれど、この私が大病で

人生転んだ経験は、タダでは起き上がらない&肥やしにしてこそ!だと

思えるように日々頑張ってます。

(* ´艸`)

毎年、この時期になると嫌でも思い出すんだろうけど・・・・

「あの時、あーしておけば、こーしておけば」っと言う後悔よりも

「ホントにあの晩に死ななくて良かった。生きててサイコー!」

っと胸張って生きよう。

まぁ・・・完治する訳無いし、多分、私の寿命は随分縮まっちゃった

んだろうけど、まだまだ頑張るし頑張れる。

あの晩まで、自分は明日も生きて、年末を迎えて、また夏になって・・・

っと言うような生きてる有難みを当然として忘れてたかも知れない。

来年はあーして、五年後はあーなって、10年後には・・・

なーんて甘い楽観的な人生プランは一瞬で崩れ去ったw

(ノД`)・゜・。

今生きてる事に感謝し、半身ポンコツだけど、まぁ他に悪いトコロも無く

ココまで回復出来て、当面は介護の必要もない(筈)だから

今まで以上に人に感謝し、日々を噛み締めながら楽しんで生きよう。

なるほどな。

去年末に脳梗塞になって左半身麻痺に・・・・

それから必死のリハビリで復活した私ですがぁ、

当時も書いたんだけど、何やら安易に根性論で

歯を食いしばって頑張れば動くようになったんだろうな?

と思われてるようで・・・

「どうやって動かない身体を動くようにしたのか?」

理解されてないんだなぁ?っとつくづく思う。

( ̄~ ̄;)ウムム

まぁ、そうなって見ないと全く実感が湧かないと言うか

想像すら出来ないんだと思うけど・・・・

あのね?簡単に言うと脳梗塞が恐いのは、脳は酸欠で

数時間で壊死するの。昼間、起きてる間に発症すれば

異変に気付いて救急車を呼べる。

((((;゚Д゚))))ガクガクブルブル

現在は、何処の救急病院でもt-PA剤があるので

数時間内に血栓を溶かして処置が間に合えば・・・

何の後遺症も無く退院出来ます。

しかし・・・それが寝てる間だと・・・・って言う話。

地震が夜中か?昼なのか?で被害が変わるようなもん。

(;´Д`)ヒィ

ぶっちゃけ私は約4時間ほど経過しててt-PA剤を

投与して開通。一旦は回復したが翌晩内に壊死が進行して

結局、左半身麻痺になっちゃった。

その最中、一旦は梗塞は開通して元通りになったのに

束の間・・自分が徐々に半身麻痺になって行くのは

地獄絵図みたいで正に絶望でした・・・

(ノД`)・゜・。

っでだ。その後。

半身麻痺と言うのは、イメージで言うと・・・・

正座で足が痺れた時の感じに似てる。

痛くは無いが、こそばゆい。チカラを入れても

チカラが入んない。立とうとしても立てない。

あの状態。正に麻痺ってそういう事。

っでね?その痺れのまんま。ずーっと取れない感じ。

片耳がキーンとなってる感じ。ソレが一生続く。

( ̄~ ̄;)ウムム

んで、脳梗塞ってのは、殆どの場合手術が無い。

ある日、こうなってポーンと放り出されるようなもん。

自分が脳梗塞だと判り、コレが半身麻痺で、コレが

今日から一生続くんですよ。残念ですね?とは・・・

誰も言ってくれない。断言してくれないと言うか・・・

だから、この状態をナカナカ把握できない。

(ノД`)・゜・。

まぁ、出来得る限りの処置は尽くしてくれたのだが

「えー?なんかまだ処置して治してくれるんですよね?」

っと思っちゃう。

「コレで、終わり。はい。残念」とは言ってくれない。

翌日も、その翌日も・・・やがてリハビリ療法士が来て

「はい。そろそろリハビリを始めて行きましょうね?」てな

感じで諭されて、やっと気付く。

「ゲッ?・・・・・コレが一生、このまんま?」って。

っで、さっき書いた左半分がビーンと痺れてチカラが

全然入んない状態。ココからどうやって動くようにするか?

ソレがイメージ出来ないんだと思う。

誰でも「どーやって動かせって言うんだよ!無理だろ?」

思う筈。根性で・・・・ってそんなもんで動かねーし

「うりゃーぁぁ」っとチカラ入れて・・・って言われても

チカラなんて痺れてて全然入んねーの。

シーン・・・・・うんともスンとも感覚ねーし。

( ̄~ ̄;)ソーナノ

なんかきっと懸命にチカラを振り絞って歯を食いしばり・・

「おりゃー!」で、どーにかなる・・・・

ようなもんじゃないの。

┐(´∀`)┌ヤレヤレ

そもそもチカラが全く入んない。感覚が全く無い状態なのよ。

あの正座から立ち上がろうとして「あたたた・・・ちょ!ムリィ!」って

チカラが入んない状態。あのままがずーっと続く。

時間が経っても・・・治る訳も無く、ずーっと痺れたまま。

┐(´∀`)┌ヤレヤレ

ソレで「手を挙げてみましょうか?頑張って!」なんて

励まされても・・・上がる感じが全くしねーのw

((((;゚Д゚))))ガクガクブルブル

たぶんね?ココが理解できないんだと思う。

医師もリハビリ療法士も、実は、一度もコレを体験してない。

どうやったら動かせるかなんて説明してくれないし

そもそも、例えば医師や療法士さんが代わりになっても

経験無いから出来ないもんなの。

だからどーやったら動くようになるのか?教科書も答えも

無いし、先生から教わりようも無い。

β(□-□ ) フムフム

「動かねーウンともスンとも言わない身体を動くようにする。」

それには説明も解説も正解も何もねーの。

しかも、タチが悪い事に・・・・

例えば治療が早く脳のダメージが少なければ

何となく・・・でも動かせる人も居るだろうし、

私と同等や、ほんの少しでもダメージが多くても

全然全くダメな場合もある。

私の場合、左足と左手でもダメージにも差があり、左手は

左足より相当、動かせるようになるのに時間が掛かった。

後、発語でも私は特に「さ」行が最後まで難しかった。

のように脳のダメージ損傷部分&度合いに差があるから

「左半身麻痺の場合は・・」っと言う風に一括りに

リハビリ方法が決まってる訳でも無い。

担当してくれる療法士さんは、脳MRI画像からの推測と

リハビリ過程で患者が出来る事と苦手な事を見極めてくれる

んだけど、つまり、そのくらい症状に個人差がある。

( ̄~ ̄;)ウムム

今となって俯瞰のイメージから言ったら、私のケースは

「ちょっと手遅れなほどの脳ダメージ」だったと思う。

(ノД`)・゜・。ザンネーン

先生方に「頑張りましょうね?」なんて励まされても

「どうやってよ?動かないんだよ!」ってなってた筈。

ソコを・・・感じで言うと絨毯の糸のホツレを見つけて

ソコから、絨毯一枚ビローンとぜんぶ解いてしまう感じ。

シールの端っこカリカリして僅かな引っ掛かりを見つけて

ソコから壁紙をぜーんぶ剥がしてしまう感じ。

(* ´艸`)

その「取っ掛かり」を試行錯誤で自分で探し当てた。

ソレが出来たから動くようになった訳で・・・・

だから奇跡なのよ。先生がマジに驚いてビビってたの。

だから、同じように半身麻痺で動けない人が

「いや・・・・そうならないんだって(ノД`)・゜・。」

って諦める気持ちも判るし、コレはホント、私の

特技の試行錯誤術。暗中模索と言うか五里霧中と言うか・・・

吹雪の中、右か?左か?前か?後ろか?も判んない。

目指す方向も、これまた進んできた方向も合ってるか?

確証が無いまま。でも信じて進む。みたいな感じ。

ホント「正解にドンピシャで当たってくれて良かった」

コレ、当たって無かったら・・・努力は無駄に終わって

今もベッドで寝たきり要介護ですから。

結果的に言えば正解で、足をピンと伸ばすように、腹筋に

チカラを入れるように、あの「フン」ってする感覚から

派生して、筋肉への信号を覚え、動かせるようになった

・・・・後は当時の記事を読み返して下さい。

チカラが入るようになって、動くようになるし、そうしてると

神経が繋がって来るのか?ドンドン麻痺シビレが取れてくる。

「動くようになったら麻痺シビレが取れる」と言うのが

ココでやっと分かる。

感覚が戻ってくるようになる。

本人的には足が痺れて「ちょ、ちょっと待って」みたいに

「この麻痺シビレさえ取れてくれれば、チカラが入って・・」

っと思うかも知れないが、それは思い込みで実際は逆!

(´・ω`・)エッ?

「痺れたまんまで無理やり動かしてると、徐々に麻痺シビレが

取れて来て、もっとチカラが入るようになって、やがて

皮膚感覚も戻ってくる=無理にでも動かすと、血流が上がって

徐々に神経が繋がり出して、麻痺シビレが減って来る」

↑今思えば、経験談的にコッチだった。

これがイメージし辛いんだと思う。

それと、今までと違い自分の身体の重さも支えられないから

やたらと「自分の腕や足全てのパーツが重い」

私は左半身麻痺だったので、お茶碗が重たい。っと言うか

持ってる左腕ごと重くて、ずーっと支えていられなかった。

(* ´艸`)マジデ

でも、なんとか動かしてると、シビレが薄れて来て

ぎゅっとチカラを入れられるようになってくると、更に

触った感触や熱いとかの感覚が徐々に蘇ってくる。

最初は

「はぁ?この全くチカラが入んない痺れてる状態でどうやって?」

って誰でも、なちゃうと思う。

しかも、タチが悪い事に半身麻痺っと言う事は、

残りの半身は、そんなマドッコシイ事をしなくても普通に動く。

生まれた頃から当たり前のように動かせてたんだから・・・・

同じようにしようとしてしまう。

でも、もう・・それは無理。その脳の指令部分も年齢分の

膨大な運動データもリセットされたように消し飛んじゃった。

思い出そうにも・・・そのモノ自体が壊死して無い状態。

今になって思えば、人間の脳の運動神経は、高性能PCより

超~高性能で最新AIよりも優れた超~高性能な脳細胞が

年齢を重ねた膨大な処理を一瞬に「当たり前のように」

処理&指令してくれてた訳で・・・・有難くてスゲーの。

今更ながら酸欠壊死で失ったものは・・膨大だと気付く。

(ノД`)・゜・。

だから半身は今まで通り、簡単に無意識でも当たり前に

動かせるけど、ダメージのある半身は今、生まれたての

赤ん坊と同じでヨチヨチからイチから覚え始めないとダメなの。

壊死して失われちゃった運動神経はリカバリー復元不可で

これからは迂回バイパスして、また新たな運動神経網を

他の脳で補って再構築していくしか無いのよ。

(ノД`)・゜・。

コレがチグハグと言うか右と左で全く指令方法が変わるから

受け入れられないと「健康な右のようには動かない」と

勘違いしてしまう。

残念だけど・・・受け入れにくいけど・・・昨日まで

動いてたのに割り切り難いけど、覆水盆に返らず。で

リハビリで新たに迂回バイパスと言うか・・・

今まで慣れ親しんだのとは違う指令方法を模索しなきゃいけない。

コレ、意味が判ってないとホントに「はぁ?意味不明」と

なって、もう動かないモノだと思い込んでしまう。

結果的にクララと一緒だね。(*´σー`)

骨折だったら・・・ギブス外して動かしてたら、そのうちに

元通りに歩けるようになるけど、脳壊死はリセットと同じで

その指令塔ごと失ってしまうので、そうならない。

思い出そうにも&元通りにしようにもソレ自体、その記憶が

もう無いの。だから・・・・想像以上に難しいの。

(ノД`)・゜・。

だから、コレは皆に伝えてココに記して残すべきで、

担当してくれた療法士の先生が何処まで、この内容を業界に

どの程度発表してくれたのか?までは判んないけど、

ホツレと言うか取っ掛かりが掴めれば、たぶん各々、自力で

リハビリ出来ると思う。

「動かねーよ」から「ピクリとでも動けば」違ってくるの。

ココが大事。

「諦めないで!」っと言うのは、私の根性論では無く、

たまたま色々経験して試すことに慣れた私が自力で

「ほつれ」「取っ掛かり」を見つけられた事が、

手繰り寄せた奇跡と言うか、実体験なの。

モチロン、昔のバイク事故で足首から切断寸前で、神経が

無くなった状態から、どうにか歩けるようになった経験則が

生きた訳だけど、あのまま歩けなくなってたかも知れないし

今回もたまたま要領が合ってただけで上手く行ったのかも

知れない。

何度も言いますが、だからって半身麻痺の患者が努力不足

だとも思わないし、例え、同じ方法で良くなるんだとしても

ある日突然、脳梗塞になって、半身麻痺になって・・・・

翌日から身体障害者になってしまい・・あれよあれよで

二週間(治療に重要なゴールデンタイム)なんてスグに

経過してしまう。

(ノД`)・゜・。

ある日「自分が半身麻痺で重度の身体障害者になった」

事実をナカナカ受け入れにくいし、先ず絶望が来る。

この先、どうやって生きて行くか?逃げ出したくもなるし

こんな半身動かない身体になった自分の身体が嫌になる。

ホント、ボロボロボロボロ・・・泣けてくる。

「なんで俺やねん・・・ちくしょう!」ってなっちゃう。

(ノД`)・゜・。

その絶望と混乱で落ち込んでる時に、コレを読み聞かせた

トコロで実施してみようとも成らないだろうし、周囲が

良かれと「きっと動く筈だ」と強いては・・・酷と言うモノ。

たまたま上手く行った事例を基準に「もしかして・・」

なんて期待を寄せるのは可哀そうだと思う。

(ノД`)・゜・。

でも、可哀そうだから・・辛いから・・っで避けてたら

私もきっとココまで回復してないだろうし・・・・・

「ケースバイケース」と言うのは「数多の」では無く

ある意味、逃げ道&言い訳の余地を抱擁する言葉なんだから

どっちかに収めようとしたり決めつけないのも大事。

結果的に、私は健常者と同じ土俵に戻り揉みくちゃにされ

温かい言葉や励ましと同時に、心無い言葉やもどかしさや

喪失感も味わいながら生きて行くけど、コレって実際、

なんとか這い上がって来たにしては・・・・・

正直、カナリ厳しい現実。

だって自分以外、何の苦労も無く普通に四肢が動かせる

健常者なんだもん。他人にはそんな苦労は知った事では無い。

どーせ不摂生で身体を労わらなかったのだろうと邪推され

ポンコツ。ただのハンデでしかない。

でも、逆にハンデだと言えるほど回復してるからこそ、

半身麻痺の身体障害者として哀れみの色眼鏡で見られるよりも

遥かにマシで、今ある普通に感謝できるのは、失って初めて気付く事。

だからこそ、最近になって改めて・・・・

回復する可能性は示せるけど、結局は皆が実践できる訳では無いし、

社会は、もっと楽な方法でセーフティネットが用意されてる訳で

良くも悪くも、十分すぎるほど同情して貰える言い訳が通る

常識や社会に容認性も備わってる。

ヾ(*´∀`*)ノ

だから私は動けるなら動くようになる方が、きっと当人や

ご家族にとって良いとは思うけど、現代は寛大に受け止められる

社会でもある訳で、どの道、苦難でハンデとなって辛いのだから

無理しなくても良いとも・・・・思う。

( ̄~ ̄;)ウムム

大幅にリハビリで回復出来たからポジショントークに

なっちゃうしコレ、成し得たからからこそ正しいと思ってる

だけで、もし、そうでない状況だったらもっと悲観&疑問視

してた筈。信じて頑張れば・・・なんて簡単な話じゃない。

何が善で悪か?なんて人が勝手に思う事でしかない。

だから嗚呼・・なるほどな。っと思う。

┐(´∀`)┌エラソーニ

備忘録?(* ´艸`)

先日から、なんか備忘録っぽくなってますがぁ(*´σー`)

まぁ・・・私は物書きではないので、この情報をキレイに

食べやすいように書き直そうとは思わないし、ソコから

何を得るかなんか、人それぞれですからね。

ただ、知識と言うか情報は実体験と結びつかなきゃ意味が無い。

人生の岐路や選択って必ずしも他人に聞いたりググったり出来る

とは限りません。

料理の「さしすせそ」は知ってても、煮物を炊く時に

ドバドバと醤油入れてるようではダメですし・・・

円周率を100桁まで暗記してても、外周に回す木帯の

長さが求められないと意味は無い。

何処まで治るかも専門医に問うても、濁されるときに

頼りの自分の身体がウンともスンとも効かなくなった時に・・・

どっちを選んで、どっちに進むか?

ググっても答えは無いし、ドン底に追い込まれて心に余裕も無い。

そんな時に「あー?こういう時はコッチらしいっすよ?」

なんていい加減ではダメだし、リミットは刻一刻と迫ってくる。

どっちが正解なんて無いし、どっちが負けも無い。

ただ、その選択に自分が生涯、十分に納得できるかどうかの違い。

なので、私の備忘録と言うか経験談として見るのも良いし

クダラネー話だと読み飛ばしても構わない。

自論ですが世の中、経験無い側が、そんなにス~っと納得して

落とし込みやすいような情報ってあまり無くて、読み物や作品や

商品のように「はいどうぞ」みたいな事は本当は脚色が過ぎて

いざ、追い込まれた自身の判断には意味が無いように思う。

「若いのに脳梗塞?恐いわぁ・・・絶対になりたくない」

誰でも思う。

運悪く半身麻痺などの後遺症が残ってしまえば・・・

「マジかよ?最悪!あー私の人生オワター!」

・・・・・・・なるまでは、他人事の健康な私もそう思ってた。

(*´σー`)エヘヘ

運が悪かったと悲観する人も居れば、何クソでリハビリを頑張って

「運が悪いながらも、死ななかったし、回復もしたから、むしろ幸運」

と思うのも人それぞれだからねぇ・・。

(* ´艸`)

大して悲観するほどの事も無い事でクヨクヨしちゃう人も居れば

何度もドン底から這い上がってくる人も居る。

色んな沢山の辛い経験を経ないと本当のやさしさは育めないし

逆に凄くシンプルで「治ったもん勝ち」なのです。